おいおいクソかっこいいじゃねえか!
操作がイマイチ慣れないので負けてばっかりだが、とにかくクールだ。
パッドが使えるような感じだが、俺のは反応してくれない…。なぜだ…。Beta版だからか…。
『Castlevania The Lecarde Chronicles2』に味を占めて、一作目である『Castlevania The Lecarde Chronicles』をプレイしているが、ゲロ難しいな。アクションに関しては二作目の比ではない。
クリアさせないのが目的かと思われるゲームも世の中にはあるが、そのレベルではない(僕はそれは鬼と呼ぶ)。それがまた憎らしい(かわいさ余って)。
ラストステージがなあ…、途中でセーブしたい…。1upが何回も取れるからボス戦以外でゲームオーバーということはないんだが…。
鏡の中からボヨヨンのボスに勝てる気がしない!
どのくらいゲロ難しいかは下の動画を参考にしてください(natsumikado1246さんアリガトウございます)。鮮やかにプレイされてますが、大変なことですよホント。
暗転には仰天したわ。生きた心地がしない。
ひょんなことから知った『NIVA』というゲームがとても素敵だった。
① どうもキーボードがあってないのか、PC替えてから、特にタイプミスが増えたので、タイピングでもやるかって、ゲーム探していたら、『夜の森』というものを見つけました。ホラー風味のアドベンチャーゲームにタイピングの要素が盛り込まれているのですが、これが予想以上に難しい! 山葵(わさび:ボスの名前です)で挫折したわ! タイピング云々で肩痛くしそうになるとは思わなかった! いやゲームとしてはとても面白いです。しかしムズい。難易度普通でやってるのになあ…。左手が弱いんだな俺は…。最近特にそうだわ。ノートPCが長かったのも関係してるかなあ。まあ腕に覚えのある方は、挑戦してみてください。
② ゲームの話が続きますが、『ニュー・スーパーフックガール』というフリーゲームがえらい面白いんですが。えらい難しいです。フックを使って壁を登ったり天上に吊るさったりして、ステージを進んでいくアクションゲームなのですが、パズルゲーム的な頭脳戦もあり、慣性を利用したスピード感とアクション性も兼ね備え、そして時間制限からくるスリル感もあり、とても面白い。が、とてもとても難しい。現在空のステージで挫折。最後のトロッコがとてもじゃないが、クリアできる気がしない。乗ったと思ったらジャンプで障害物をかわし、間髪入れずに(ホントに間髪入れずに)フックでそのトロッコにつかまり(つかまえられないと下に落っこちて即死)、今度はフックを下に伸ばして障害物をかわし、ついたと思ったら、次のトロッコが待っていて、今度はトロッコに乗りながら時の流れをスローにするオブジェにフックを当て、トロッコだけ障害物の下をくぐらせつつ、自分はそのトロッコに間に合うように、上の道を進んでいく(遅いとトロッコが先に行ってしまうし、しかも道中には即死のトラップがある)というような、極悪なアクションを求められて、またしても肩を痛めそうな(マウス操作だけでプレイできるのです)。すげー面白いんですけど、すげー難しい。ゲームシステムも素晴らしいし、曲もグラフィックもすごくよい。ワクワクできるゲームってのは素敵ですよ。こちらも我こそはという人は挑戦してみてください。
ここ最近ちょっとブログから離れていたでしょう。
まあ忙しかったり色々と理由はあるんですが、もっとも大きい理由はこの『ASTLIBRA mini外伝 ~幻霧の洞窟~』をプレイしていたからといっても過言ではありません。
いくつかフリーゲームはプレイしてきましたが、その中では最高峰です。間違いありません。
制作者のKEIZO様の公式サイト、その掲示板で「ぶっ通しで何時間もプレイした」という意見がちらほらとありますが、それも納得です。それほどの中毒性があります。
ジャンルとしては横スクロールのアクションゲームなのですが、より詳しく言えばアクションRPGということになるでしょうか。主人公パン屋の娘は、姿を消してしまったギルドのメンバーを探すため、言葉を話す謎の犬「ポリン」に導かれて、街の外にある幻霧の洞窟へと赴くのです。なぜ一介のパン屋の娘がギルドのメンバーを探すのかと言えば、妹(?)のコムギの病気を抑えるための薬草を取ってくることができるのが、ギルドのメンバーだからです。彼らが行方不明になってしまって、コムギの病状は悪くなるばかり…、下手をしたらこのまま…。ならば、と一念発起、なんと初めはホウキ1本しか装備がないのですが、モンスターどもの巣食う洞窟へと入る決意をするのです。まあストーリーが進むにつれて、そんなにストレートな話ではなくなってくるのですが、このあたりに仕掛けられたちょっとしたミステリーも今作の魅力です。
ここ数日、スタジオ・おま~じゅさん制作によるフリーゲーム『キリンの国』をプレイしていました。
ダウンロードしてからちょっと時間あいてしまったんですが、一息ついたタイミングで何の気なしにプレイしてみたら、一気に引き込まれて、そこからズッポリと、最後まで。
すごく、すごく面白かったです。
なので興奮して何やらしたためている次第。
***
この先はストーリーに触れているので、先にプレイしてドキドキしたい方は読まないでくださいね。
さて、キリンの国っていっても、何?動物の国?って感じかもしれませんから、ちょっと紹介文を公式サイトから引用させていただきます―
“梅雨の頃、鞍馬特区からの手紙が届く。
それは鞍馬のお姫さまからの招待状。
梅雨明けと共におとずれた夏休み。
キリンと圭介は、天狗の国、鞍馬への冒険に旅立つ。
少年たちの友情と、人生の節目を描いた、長編ビルドゥングスロマン。”
ってこれだけでも分からないかもしれません。
舞台は一応日本国ですが、独自の設定が設けられています。
それは天狗という存在で。
天狗には天狗たちの決まりごとがありますし、人間には当然人間たちの決まりごとがあります。
そして天狗と人間たちの関わり合いもあります。
また天狗たちの間でも勢力争い、権力争いもあります。
天狗は人間たちと共に暮らしてはおらず、商業的な部分で関わりはあるようですが、基本的には天狗たちで独自に生活を営んでいます。
そして詳しくは描かれていないものの、人間と天狗は決して仲の良い関係ではなくて。
そんな世界でのお話。
わけあって天狗の国から追放されていたキリン(という名前の少年です)は、人間の国で暮らしている中学生(この作品に出てくる天狗は、いわゆる真っ赤な顔に長い鼻をもった典型的な容姿ではなくて、人間と何ら変わらない見た目なのです)。彼は幼き日に、天狗の国、鞍馬のお姫さまであるヒマワリと約束を交わしているのですが、彼女からある日手紙が届くのです。
会いたいと。
人間の世界でのたった一人の友人である圭介(けいすけ)を強引に誘って、キリンは鞍馬の国へ旅立つ決意をします―
というのが導入部なんですが、てっきりガチガチのファンタジーだと思っていた僕は、この時点でかなり引き込まれていました。冒頭部分が完全に違う世界のお話(鞍馬の国の天狗たちが政治的な話をしている)だったので、小難しい路線かと思っていたのですが、本編がはじまるや、主人公はどうやら中学生二人組だと分かり、なんだか一気に親近感湧いちゃいました(だって昔は自分も中学生だったし)。
この本編以降で如実に感じることなんですが、文章がよいです。ダウンロードサイトで同じようなことを書いている方もいましたが、僕も同じ感想です。技巧派とか凝ってるとか、そういうんじゃなくて、逆です。非常に読みやすい。要は文章もリズムだと思うので、KAZUKIさんの文章のリズムが僕に合っているということかもしれないです。もちろんインターフェースも関係あるでしょう。エンターキーやマウスクリックで文章を読み進めるわけですが(言い忘れた!今作はノベルゲームです)、このバランスもすごくよいです。クリックが負担になるほど文章が細切れにされていることもなく、逆に一気に表示され過ぎて読んでいる間にリズムもへったくれもなくなって興ざめ、みたいなこともないんです(いわゆるノベルゲームでは、これすごく重要だと思います)。
そう、文章は読みやすいんですが、ときおりハッとさせられる表現が出てきて、しかもそれが浮いてなくて、作品の世界にマッチしてて、読んでて何度もうなりました(わざわざ引用はしません)。すごくスキな文章です。
世界観もキッチリ作りこまれていて、天狗の国の文化や政治、経済、歴史的背景も細かく設定が設けられていて、物語に厚みを与えています。特に食べ物についての描写は多く出てきますが、どれもすんげえ美味そうで、あれらは実際にあるものなんですかね? どうなんだろ。腹減りながらプレイしていると、よだれが出てきそうです。
そういう、強固な世界観と、文章のよさと、あとはイラストもよいんですよ。立ち絵枚数1000枚以上、立ち絵用意キャラクター数25人という、豪華なつくり。いわゆる萌えな路線は回避されていて、シンプルなんだけどきちんとキャラクターが描き分けられていて、しかも服装のバリエーションや、表情や立ち居振る舞いの動きも豊かで、これも物語にアクセント、躍動感を与えています。
強固な世界観、文章のよさ、イラストのよさ、と三拍子来たところで、一番大事なのはストーリーですね。言うまでもなくこれもよい! 会いたいという一心でヒマワリの元へ向かう二人ですが、とある事情で簡単には会えないわけです。純粋な気持ちで突っ走るキリンが「子供」であるとすれば、それを拒む事情というやつは、いわば「大人」でしょうか。そんな大人と子供という対比的な構造が、この物語の大筋にはある気がします。その狭間にいるのが、キリンと行動を共にする圭介で。彼はキリンのストッパーとして機能(つまり子供をたしなめる大人のような)しますが、ところどころで、自分の中の純粋な衝動にも気づいて、それと格闘します。そしてそれぞれが自分を知り、成長していく。
でも単純に純粋な気持ちが認められるべきで、それを拒むやつらがおかしいとか悪いとかいう展開にはなっていないところがまた、よいです。特に天狗側の雲龍のポジションとか絶妙ですね。キリンたちを助けるわけでもないんだけど、でも身内でも曲がったことをする奴は容赦なく罰するっていう。めちゃカッコいい。
やっぱりですね、葛藤のある物語ってよいですよね。なぜなら人生って葛藤の連続で、登場人物の葛藤には少なからず感情移入できるわけで、その葛藤の解決に向けて登場人物たちが強い気持ちを持ったときには、本当に興奮しますし、涙だって流れます。そういう強い思いっていうんですか、それが充満していていたるところで胸を打たれます。クライマックスはやはり圭介がキリンを助けに向かうシーンでしょう。なんだよこのハートの強さ(しかも文章はくどくない。絶妙)。もう、ボロボロしっぱなしですよ・・・。
これは演出のうまさにも通じるかもしれないんですが、文章と音楽とイラストの使い方がとにかく巧みで、ここぞというところで必ずキメてくれます。僕は何度もポロポロしたり、鳥肌立ったりしてました。個人的にマックスだった2か所を上げさせてもらうと、序盤でキリンが教室の窓から雲を眺め、そこに広がる「夏」に気持ちを抑えきれず、窓から抜け出していくシーン。すげえいい。忘れていたことを思い出させるような。あとは、中盤、ヒマワリの近くまで行くも会うことはかなわず、遠くから顔を一目見るだけという、切ないシーン。5年ぶりにヒマワリの顔を見たときのキリンのあの顔、いやそこにある感覚が、画面中からバチーンと伝わってきて、鼻の奥がジンジンしました。他にもたくさんあるんですが、あんまり書くとインパクト損なってもいけないんでこの辺で。あと初めはわりとライトなノリですが、終盤からは一気に「死」の影がちらつくシリアスな展開になってきます。気づいたら「え、まさか?」ってドキドキしてました。
とにかくこのあらゆる要素がフィックスされた『キリンの国』。傑作だと思います。気になる方は是非プレイしちゃってください!! 全編からにじみ出る夏休み感もノスタルジアを呼びます。解放感にあふれた夏の終わりはさびしくて―旅の終わりは別れの予感で、そんな別れがいくつも用意されていて、これもとても、なんというか、胸に迫るんです。まさにセンチメンタル・ジャーニー。
ちなみにスタジオ・おま~じゅさんは同じ世界を舞台にした『みすずの国』も制作しています(こちらもフリーです)。時系列的にはたぶん『キリンの国』よりもあとになるのかな? こちらはボリューム的には『キリンの国』よりも少なくなりますが、よい作品です(ヒマワリも出てきますし、『キリンの国』で聞いた名前もチラホラと)。合わせてプレイするとよりいっそう楽しいと思います。含みのある表現があったり、詳細が意図的に回避されているような部分もあるので、他にも同じ世界の作品が予定されているのでしょうか? 期待しちゃいます。
あ、一番好きなキャラクターはホオズキです。ほっち。ホチ助。和みます。でもあの子に泣かされるとはな・・・。
※作者さんのブログを読むと、シナリオを書く上でのプライオリティの一位に「リズム」とあって、ああやっぱりだからこそこの気持ちよさなんだなと、納得しました。自分の感じ方が間違ってなかったこともうれしい。
最近、『桃太郎奇伝』というフリーゲームで遊んでました。たどりついた経緯は忘れました。
和風・レトロタイプ・コミカル・アドベンチャーRPG。桃太郎の設定は、主人公がモモにのってドンブラコと川を流れてくる辺りにしか残っていません。
旅の目的は打倒信長! おうちからはるばる安土城まで向かう道程がこのゲーム。
特徴的なのはまず、そのシステム。コミックメーカーで作っていることも関係あるんでしょうか、いわゆる普通のRPGのように、フィールドを縦横無尽に歩き回るものじゃなくて、すごろくチックに1マスというか1歩ずつ進んで、ポイントポイントにある目的地を目指すような形なんです。そのポイント~ポイント間がアドベンチャーパートで、敵に遭遇したり、宝箱を見つけたり、罠があったり、サブキャラとの出会いがあったりといったイベントが発生するんですね。
お久しぶりです。こちらのブログはかなり不定期になってます。でも気にしません。
最近ふとしたことからLumenというフリーゲームに出会って、あまりのクオリティに驚きました。
海外の物ですが、Thousand Cranes Studioが制作したということ以外、細かい情報はよく分かりません。調べてもいないんですが…。英語力がないせいです。
ゲームも全編英語のようです。セッティングである程度言語が選べるようですが、日本語は基本設定にありません。
ゲームの目的は悪夢からの脱出です。プレーヤーは主人公の女の子(かな?男の子かもしれない)になって、夢の世界をさまよいます。
この夢の世界がすごい綺麗。どういう描写の仕方をしているのかも、これまた分かりませんが、とにかく美しい。言葉でいうより、まずは下の動画を見てみましょう。
いきなりフリーゲームの紹介をしたりする、よく分からないブログになってきましたが、こっちのブログはこういうことをやるのが趣旨だったりするので、いいんです。よく分からないが、いいんです。
というわけで、ここ数日は半端マニアソフトさんの2003年作「冬は幻の鏡」をプレイしていた(そして原因不明の体調不良に苦しんだりも)。もともとは販売用の作品だったのだけれど、2010年からフリーで公開されている。
ストーリー(公式サイトより引用)はこうだ―
「真っ白な雪に包まれた世界にもし鏡が落ちていたとして、さわらずに、自分を写さずに、その鏡を見つけることができる?もし、できるならその方法をおしえて。たしかめたいことがあるの。
北海道の東側にある野別市の野別市立南陽高校では、四年前からある噂が流れていた。それは、四階の女子トイレに交通事故で死んだ留学生の幽霊が出るというものだった。留学生の幽霊、というのが珍しいと言えば珍しいが、どこの学校にもあるような噂の一つでしかない、とみんなが思っていた。
北海道の長い冬がやっと終わりに近づいた三月の終わり。冬の最後のあがきのように、朝から大粒の雪がゆっくりと降っていた日の放課後、御堂道明は廃屋を隠れ家にしている登校拒否児の長池小月の頭を撫でていた。和泉和歌奈は友人の立花鈴夫と一緒に幽霊を探しに夜の校舎に忍びこむ準備をしていた。田之上小太郎は風俗の割引チケットを持って風俗店「フェランス革命」の前に立っていた。それぞれが、これから出会うことを知らずに。
今は静かに眠っている虚ろな存在の浸食に、彼らはまだ気づいていない。ゆっくりと回転しながら沈んでいく、誰かの夢をまだ知らない。七人の主人公たちが織りなす、冬の終わりの、七つで一つの物語。」
スタイルはサウンドノベル(忘れちゃいけない、今作は18禁です)。プレーヤーは、とある冬の1週間(+α)を、複数の登場人物たちの視点で追っていく。物語の軸になっているのは「留学生の幽霊の噂」。噂が本当になり、事件が起きたとき、それぞれがそれぞれに、事件に立ち向かっていく。プレーヤーは、複数人の視点で事件を追うことで、はじめてこの事件が何だったのか、全貌をおぼろげにつかむことができる。メインルート3つをクリア後、最終ルートが始まるのだが、全ルートをプレイしないと、少なくとも事件の概要さえつかむことはできないだろう。
ここからはネタバレに踏み込みます。私はこの物語は葛藤の物語だと思っている。事件をきっかけに彼らがその葛藤を乗り越え、成長していく、成長譚だと思っている。登場人物たちは、本当に、どいつもこいつも、葛藤ばかりしている。童貞、愛、友情、欲望(殺人欲求、性衝動)、過去と現在、秘密。みながみな、心に強い何かを抱えていて、それゆえに、人間関係に苦しんでいる。
幽霊、というものへの関わり方も、各自で異なっていて、これが物語に幅を生み出している。登場人物のみながみな、われわれのような、いわゆる一般人―幽霊なんて見えない人―ではないのだ。見えるもの、見えるようになってしまったもの、狩るもの、生み出すもの、そして一般人と、複数の設定があり、この設定が物語に奥行きと複雑さを与えている。
こうして書くと、シリアス全開の物語に思われるかもしれないが、断じてそうではない。特に動けるデブである田之上小太郎のルートは(人を選ぶが)爆笑必至のコメディ、もとい下ネタ要素が満載(冗談抜きで満載だ)で、大いに楽しませてもらった。そもそも彼の所属する放送部では、横綱番付を採用していて、各自が番付をもっている。部長である彼はもちろん横綱で、だから放送部員たちは彼を「綱」、「横綱」と呼ぶのだ。この時点で何か面白いではないか。振り向きざまに女生徒に女性器の名前を叫んだり、語尾に「ティンコ」をつける冗談を伝授したり、彼のルートには数々の名シーンがある。面白さでいえば、放送部が制作した過去作品を見るというシーンがあるのだが、「校内残酷物語」、「人間高校」、「酔い」の3つが視聴可能で、いずれもエクストリームにぶっ飛んでいる。上半身裸で廊下を走り、女生徒の前で倒れながら血糊を口から吹き出し、「ぺ、ペスト…」なんて言っちゃうんだぜ? 面白すぎるだろ。冗談を通り越して芸術の域、には決して行かないし、アバンギャルドというよりも、意味不明。彼のルートだけで、このゲームがコメディとシリアスと変態的要素を内包しているのが分かる。
1週間のうちの6日目に、事件は一応の収束を見る。それぞれがその6日目に、「何か」を乗り越え、「何か」をつかむ。幽霊を狩るものとなった御堂道明は、幽霊である長池小月と生きるため、自らの影と対決し、これに勝利。愚直なまでに熱い田之上小太郎は、みんなニコニコハッピーエンドをあきらめず(道明と口論する場面は猛烈に熱い)に、それゆえに、愛を成就させる(このシーンも泣ける)。唯一、和泉和歌奈のルートだけは、初回プレイ時には謎が残るだろう。友人に重傷を負わせた幽霊を痛めつけようと、立花鈴夫と共に夜の学校に乗り込んだ彼女は、いったんは幽霊世界に取り込まれて、その世界で普通の生活を送り始めてしまう。辛くも脱出した彼女を、鈴夫が笑顔で迎えるのだが…? そう、事件の発端、留学生の幽霊はなぜ発生したのか、そして和歌奈の友人に重傷を負わせたのは誰、いや何なのかが、分からないまま、終わってしまう。それに学校の廊下に現れた仁科ゆうをさんざん切り刻んだのは、誰の仕業なのか?
最終ルートを仁科ゆうの目線でプレイすることで、その謎は解ける。他ルートのプレイ時、彼女のキャラクターはおとなしくて影があるけれど、実はよい娘(友達は一人もいないんだけど、根気強くつきあってみたら実は面白い娘みたいな)というイメージだったのだが、彼女自身のルートをプレイすると、内面は驚くほどひねくれているのが分かる。冷酷非道なマシーンのような。それもそのはず、彼女は人間ではなかったのだ。元人間で、狩るものであったのだが、諸事情で(と一言で片づけるにはあまりにも深い事情で)、幽霊となり、再び幽霊狩りを行っている。そんな彼女も人間だったころの記憶、過去に苛まれており、他の登場人物たちと関わるうちに、「本当の自分」が徐々に大きくなり、やがて隠せなくなってくる。仕事のために友人関係を偽り、それさえ利用しようと考えていた彼女が、最後には、友人を悲しませないために、禁忌を犯す。
事件の中心にいたのは、立花鈴夫だった。彼は幼いころから幽霊を見ることができ、また殺すこともできる、天然のゴーストバスターであり、さらには幽霊を生み出すこともできるという、たぐいまれな能力の持ち主だった。仁科ゆうやその主人である三原のような、裏社会の組織には属しておらず、あくまで一般人として生きてきた。彼もまたそんな能力を持つ自分に強く葛藤し、素直に和歌奈の愛情を受け止めることができないでいた。彼の生み出す幽霊は特殊だ。もはや幽霊ではなく、空間を操る能力といってよいだろう。一度倒れたはずの留学生の幽霊が、何回も同じ場所に出現したのは、鈴夫の力のせいだった。「幽霊が見える力」の特殊性に長い間苦しんできた彼は、「みんなが幽霊を見える」、今回の事件が続けばよいと、願ったのだ。そうすれば自分だけが幽霊を見えるという、疎外感、孤独感に苦しまずに済むから。その結果、留学生の幽霊の出現スポットは、延々と同じ時間を繰りかえす、異常な空間となってしまった。何度も同じ幽霊が現れるのは、空間がリピートしているせいだったのだ。和歌奈の友人が大けがをしたのは、そのリピートの瞬間に起きる、空間の収縮に巻き込まれたせいだったのだ。
仁科ゆうが属する組織においては、鈴夫のような存在(幽霊を見ることができ、また作り出すこともできる存在)は処分するのが決まりだった。一般人にとって非常に危険な存在だからだ。そうでなくとも、和歌奈の復讐を手助けするのなら、その矛先は元凶である鈴夫に向けねばならない。そういった論理だろう、ゆうは深夜の学校で鈴夫と和歌奈と対峙し、鈴夫を殺しにかかる。そして致命傷を与えた矢先、和歌奈に懇願されるのだ、「やめてくれ」と。「どうして?」とゆうは問う。和歌奈はかけがえのない友人だ。ゆうの中で本当の自分が大きくなってきたのも、和歌奈の存在があればこそだろう。「和歌奈ちゃんは復讐したいんでしょ?だからやってあげてるの」とゆうは話すが、和歌奈は「そんなのもう関係ない」と泣きながら、息も絶え絶えな鈴夫を抱きかかえる。その瞬間だ、和歌奈は鈴夫の作りだした空間(幽霊)に飲み込まれて、意識をなくす。その空間は和歌奈を愛する鈴夫が、和歌奈のために用意した世界。どこまでも和歌奈に固執する鈴夫は、ひとつの世界すら作り上げてしまった。現実世界となんら変わりのない、もうひとつの世界で、和歌奈は鈴夫と楽しく生きるのだ。
けれど死が近いせいか、鈴夫自身が、その世界からはじかれて、現実世界に戻ってきてしまう。目の前には仁科ゆうの顔。和歌奈を悲しませたくないという部分で意見が一致した二人は、ある決断をする。その決断だけはここには書きません。気になる人はプレイして確かめてください。私はハッピーエンドじゃないと思うなあ。でもエピローグは好きだな。終わりと始まりの空気がすごいあって。仁科ゆうは、そりゃもうひどい奴だけど、やっぱりなんだかんだ言って誰かのことを思いやってるし、かわいいから許す。
どぎついエログロ描写もね、人を選ぶでしょう。凌辱的なシーンも少なくない。グラフィックはそうキつくもないけれど。でもエロ目線ではプレイしない方がいいでしょう。そういうゲームではない気がする。あと行動につじつまをあわせるためか、論理の飛躍をときどき感じますが、まあそれも些末な事柄ですかね。思春期特有の、バカやってるんだけど、何かに必死になってて、大人の階段上ってる的な、あのきらめきが封じ込められている。多くの人が言っているけれど、田之上小太郎がいいな、やっぱり。一般人てところも馴染みやすさの一因かもしれないけれど、彼の面白さと男らしさ(すげえビビッてても結局みんなのために頑張っちゃう)は、勇気をくれる。何の事件も起こらなくてもいい。小太郎の日常だけを延々と読み物にしてほしいくらいだ。
ぜんぜんこのゲームの魅力を書ききれてないんですが、まあこんなところで。プレイすれば分かるさ。あとグラフィックをコンプリートすると、本編では未登場の放送部先輩方(鉄パイプ先輩、大野先輩、そして偉大なる新田先輩)のお顔を拝むことができます。余裕のある方は是非。
数々の名セリフのある作品ですが、印象的だったのは「この事件を仕切るのは、放送部横綱!田之上小太郎!」ですかね。客観的には全然仕切ってないんですが(笑)。でも私の中では今作を仕切ってる。かっこいい。
Copyright © wandering brain. Valid XHTML.
Powered by Blogger, Designed by page. Converted by Smashing Blogger for LiteThemes.com.