『REQUIEM FOR INNOCENCE』が平手打ちだとしたら、『Hello darkness, my dear friend』は抱擁。
そんな気がする。
アートスクールの『Hello darkness, my dear friend』を繰り返し聴くたびにやさしい調子にドキリとする。最近『REQUIEM FOR INNOCENCE』もよく聴くのだけれど、ぜんぜん違う。なんか心境の変化でもあったのかなって思うくらい、今までで一番やさしい調子な気がします。歌詞はダークだから決して万人向けではないと思うけれど。「Ghost Town Music」、「R.I.P」、「TIMELESS TIME」は特に好いています。なんとなくミニマルになった気がするし、はじめ聴いたときはつぎはぎ感があったり、バンド感があまり感じられなかったり、メロディがらしくないなって思ったりもしましたが、それも変化であって、よくよく聴いてみたらよいアルバムじゃないかコレはっていう。「Julien」のちょっとマシーナリーな陰鬱さは全盛期のマリリン・マンソンを思い出したりしました。
世界は素晴らしいって心の底から思ったことなんて一度もないけど、でも君には汚れてほしくないって思ってるって、たとえばそんな気持ち誰か歌にしてくれないだろうか。「そうなったらあたし死んだ方がいい」っていう人に「そんなこと言うなよ」って反論したオレの気持ちも、きっとその奥にあるものも、誰か歌にしてくれ。
SCARLETが2014年で解散をした。
束紗嬢と宗村くんだけが、ブログにメッセージを書いている。
橋本くんだけ、何もない。何も、ない。
2013年の5月から、ブログは止まっていて、そこには、バンドを続けることに悩んだこともあったけれど、まだバンドは続きますという、所信表明、のようなことが書かれている。「バンドという蜜は俺にとっては甘すぎます」という言葉は、今となっては、うしろ向きに響きます。
けじめ、をつけたんでしょうか。
メンバー内のやむを得ぬ事情ってなんなんですか。理由は決してひとつではないのだろうけれど。
束紗嬢は「潮時」という言葉で表現している。終わるべくして終わったのかなあ。
デビュー十周年というのがひとつのきっかけになったんだろうか。
活動は間が空くときもあったけれど、でもライヴがまったくないとかってこともなかったし、僕の中ではそのマイペースぶりもSCARLETらしさだった。
いろいろ言っても、もうバンドは戻らない。SCARLETはいなくなったけれど、束紗嬢の活動も、宗村くんの動きも、僕は気にしていくんでしょう。
でも、橋本くん、辞めてしまうんだろうか。誰もふれていないことだけれど…。
最近はぜんぜんライブ見てなかったけれど、2005年彼らにとっての初ツアー「左目でチラリ☆ツアー」(対バンにはBaseBallBear, Apogee, Hi-5!)で観たとき、いやその前から、作品はずっと追いかけてました。4thアルバム『REFLECTION』はすごくよかったし、これもライブ観に行きました。すごくよかった。『REFLECTION』は初めて聴いたときから、SCARLETの最高傑作だと思ってます。今でも。
しれっといなくなっちゃって、それもSCARLETらしいんだけど、ちょっとさびしい。
とても温かくて、そして蒼いバンドでした。
ありがとう。さようなら。
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そしてもうひとつ、ART-SCHOOLは2015年2月15日のライブをもって、活動休止する。
休止っていうからには、数か月とか一年とか二年とか、そういう期間ではないような気もする。
それだったら普通に製作期間だもんな。環境を整えるってどういうことなんだろう。
でも木下くんは絶対戻ってくるだろう。だって、彼から音楽をとったら、何があるっていうんだろう。
休止期間中に、途中でへたるってことはないだろう。
絶対、戻ってくる。だから、まったく心配はしていない。
The SALOVERSも3月で活動休止だしな(事実上解散だろうけれど…)。
the telephonesだって2015年をもって無期限活動休止だ。
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なんだろうなあ、自分のことじゃないのに、なんでこんなにさびしいんだろう。
みんなみんな、どこかに行ってしまうようで。
僕の青春は、みんな僕から逃れていってしまう。
まあ青春なんて、とっくに終わってるんだけど。
ちょっとさびしい夜だな。
ART-SCHOOLの新しいアルバム『YOU』を聴いています。なんだかんだいって(なんだかんだというのは、リスナーの間でどうこう言われても、ということです)ほとんどの作品を手に入れてきています。僕なんかが言うまでもなく、彼らはずうっとずうっと同じことを唄ってきています。音作りはそのときどきで少しずつ変わるけれど、世界観は本当にゆるぎがない。いつかどっかで書いたかもしれないけど、ずうっと同じことを唄っているから、僕は彼らに疑いをもったこともあったんです。ある種のポーズっていうか、そんなニュアンスのものが、そこにあるんじゃないかって。でも彼らは度重なるメンバーチェンジを経ても、変わらずに突っ走り続けていて、当初からの世界観を保ち続けている。憑りつかれているといってもいいほどに。小説家や映画監督でも、切り口が変化しても、扱っているテーマ自体はずっと同じだという人が、ままいる。ART-SCHOOLの核である木下くんもそのタイプなんだろうと思います。
きのこ帝国の佐藤さんが『YOU』によせたメッセージが、僕の感想・感覚に近いように思いました。『まず、「YOU」という作品をいち早く聴けたこと、とても嬉しく誇らしく思います。本当に素晴らしく瑞々しいART-SCHOOLが詰まっていました。悲しさもあるけど、でも優しくて、美しい音世界のなかに、まるで10代の頃のような衝動を感じました。純粋に胸を打たれました。なぜこのような感覚の音が、未だ出てくるのかとても不思議だし、類をみないと改めて思いました。こんなART-SCHOOL、待ってた、って自分は思いました。反面、過去の文脈を必要としない作品だとも思ってます。単体で光る。ホントみんな聴いた方がいいと思います』。この『なぜこのような感覚の音が、未だ出てくるのかとても不思議だし、類をみないと改めて思いました』の部分です。やっぱりそう思いますよね。長いこと聴いていますが、本当に不思議で仕方ありません。
ライナーノーツにあった木下くんの言葉にも胸を打たれました。小野島大さんが「いい曲」の定義を問うたときに、こう応えています。『立体的であり、情景が浮かぶ音楽ですね。それから、何分かでもいいから、リスナーがラクになれたらいい。聴くことで目の前の景色が変わったりね。僕自身もソニック・ユースを聴いてしんどい気分が良くなったりするから。音楽のできることってそれくらいしかないんじゃないかな。衣食住とか、食欲性欲睡眠欲に一切関係ないものだから。でもそれで救われることもある。ラジオとかでちょっと流れて、いい曲だなあって、ちょっと気持ちよくなって風景が変わってくれれば。僕らはそのためだけにやってるようなものだから』。これもいつかどっかで書いたんだけど、僕は彼らの曲から喚起されるイメージが好きなのだということ。この聴き方を肯定してくれているような、木下くんの言葉に、勝手にうれしくなってしまいました。
そのイメージの喚起力ということでいくと、僕は『MISS WORLD』や『REQUIEM FOR INNOCENCE』、『SWAN SONG(DISC1)』、『PARADISE LOST』あたりが大好きなんです(曲単位ではもっと細かく好みがあります)。そんな中でも、今作にあるわりとメロウなトラックたちは、すごく、よいですね。「YOU」やラストの「Hate Songs」は特に好いています。木下くんの声は、明らかに初期よりやさしくなっているし、ヒリヒリとしたシャウトも、もうないに等しい(でも「YOU」の中でシャウトがあって、ちょっと懐かしい)ので、そういった美しいメロディの曲が、特に映えて聴こえるんじゃないかと思います。
アジカンのゴッチや、ラッパーの環ROYなど、外部ミュージシャンとのコラボレーションも面白いです(ゴッチは全編プロデュースじゃなかったんですねえ)。前アルバム『BABY ACID BABY』にいまいち納得できていなかった僕は、溜飲が下がりました(偉そうだなあ。スイマセン)。ART-SCHOOL、まだまだ走ってくれそうで、安心しました。
余談だけどリードトラックの「革命家は夢を観る」におけるラッパーの招聘には、どうしてもBase Ball Bearの「The Cut -feat. RHYMESTER-」なんかが重なります(ラッパーの呂布とチャットモンチーの福岡晃子を招いた「クチビル・ディテクティヴ」も思い出さないでもないけど、あれはちょっと方向が違います)。Base Ball Bearの方はもともとヒップホップに意識的だったから、ラップも見事にはまっているし、なおかつ開けていて、やっぱり彼らのセンスは「ポップ」だなあと改めて思いました。そんな余談。別にアートがどうこうということではないです。
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