泉まくら - 卒業と、それまでのうとうと



〈術ノ穴〉が送り出す新人アーティスト「泉まくら」。彼女のデビュー作「卒業と、それまでのうとうと」。オリジナル5曲とリミックス5曲。

Hip-Hop/Rapを下地にして、そこにPopなメロディラインを組み合わせたスタイル自体は珍しくない。完全なる処女作である「ムスカリ」こそ、本人が言うようにHip-Hop「ぽい」トラックだけれど、他は実にPopで、ちょっと驚いた。いたるところで紹介された「balloon」もそうだけれど、かなりPopの方向に接近している感覚があって、とても聴きやすい。ささやくような、どこか不安定で、けれど可愛らしい声もまた、耳を惹く。でもなにより力を持っているのは、そのリリックじゃなかろうか。

「卒業」という言葉に表れているように、この作品は、「終わること」と「始まること」への不安が充満している。それは多分に思春期的で、最たるものは「春に」だ。「明日目が覚めればネクタイの結び目の仕組みを知る/戸惑いの中 置いてきぼりの春が来る」、こんな言葉で描かれた「始まりへの不安」というやつを、私は知らない。でもそんな不安に立ち向かうように、最後は「でも明日目が覚めたらネクタイの結び目をほどき走る/戸惑いの中 置いてきぼりの春は来る」。

どこかで「愛を唄うのに愛という言葉を使ってどうする。それ以外の言葉で表現しろ」っていう意見を目にしたことがある。なんだかもう文学のようだ。曖昧なものを具体的な言葉で描く。現実という矛盾に言葉でもって論理を与え、筋を通す。その至難の業を、泉まくらは見事にやってのけている。さりげない情景描写から心の機微を描いて見せる。インタビューを読むと彼女は小説を書いてもいるようで、なるほどそれだからこその、このリリックなのかもしれない。そんな文学的表現とRap/Popの融合と、特徴的な歌声が合わされば、完成度が低いはずがない。よい。とてもよい。ベクトルはまったく違うんだけど、そのスタイル、佇まいには、レイトと非常に似たものを感じる(彼の次の一手はなかなか来ないけれど)。

それひとつで無限に世界を広げていける「言葉」というものは、やはり素敵だし、面白い(ときに面倒臭くもあるけれど)。そんな言葉の力というヤツを改めて思い知らされた。すばらしい作品です。前半5曲をじっくり噛みしめた後は、後半のリミックスでちょっと一息、ブレイクという聴き方が好き(解体と再構築というリミックスらしいリミックスなので、音を楽しむのが吉)。

このままでいてほしいような気もするけれど、新しい地平を切り開いてほしい気もする。応援してます。

購入は<術の穴>、他から。



【フル公開】 泉まくら 『春に』 pro.by 観音クリエイション



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