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Archive for 6月 2013

「うみべの女の子」



浅野いにおの「うみべの女の子」がいつの間にか完結していた。ひっそりとROMっている見知らぬ人のTwitterでそのことを知ってから、けっこう経った。久しぶりに気持ちに余裕があったので本屋に行ったら、購読している漫画が軒並み新刊を出していたので、ついでに「うみべの女の子」も手に入れた。そして読んだ。

考えてみればこの漫画には筋らしい筋がない。物語上のはじまりと終わりはもちろんあるんだけれど、ただ中学生の男女の心の機微が、延々とあるだけ。動機のわからない行動、クリアにならない心の内。なぜか分からないのに惹かれあう少年と少女。執拗なまでの身体の結びつき。

「してもしても足りない気がするのは、なんでだと思う?」

一瞬の間。

「興味ないね」

浴室で体を重ねながら交わされるこの会話が、この作品を象徴していると私は思っている。欠乏。渇望。何を欲しているのか自分でも分からない、あの感覚。何かを求めるあまり、ノーマルを外れて、いわゆるアブノーマルに踏み込んでみても、結局満たされない心。その欠乏感を、冷めた厭世的な態度でごまかしているのが磯辺であり(彼はものすごく淡々としてるけど、強い欠乏感を隠し持っていると思うし、彼の気持ちが希薄ではないことは、トラウマチックな描写に表れている)、逆にストレートに表に出しているのが小梅なのかもしれない。だから、あの二人は、求め合うレベルは一緒なのだ。けれど、後ろを向いている人間と、前を向いている人間が、顔を合わせることはない。そう、イメージは、背中合わせで、手だけをつないでいるような(ああ、syrup16gを思い出すな…)。だから手を離せば、手が離れれば、二人は、別々の道を歩き出すしかない。最終話の直前が、そのシーンだ。小梅は正面から向き合いたくて、ついに磯辺に告白する(正直このシーンがあるとは思わなかった)。だが磯辺はそれを断る。淡々と。こともなげに。泣きじゃくる小梅と、彼女のいないところで、ちょっとだけ泣く磯辺。そして離れる手―

もしかしたら、その段階で磯辺はもう渇望を感じていなかったのかもしれない。ちょっと短絡的な考えだけど、三崎へ暴力的な復讐を行うことによって、彼は兄の死という過去からの精神的脅迫を克服し、心の闇は晴れていたのかもしれない。だから、小梅と向き合えなかったのかもしれない。もう、満たされていたから(傷害事件を起こした自分を鑑みて、ということも、もちろんあるかもしれないけど)。ああ、そうだ。このシーンで、磯辺の髪はバッサリ短くなっているんだけど、この描写にもきっと意味がある。Amazonのレビューを拝読して初めて気づいた。「バンプの藤原が好き」という小梅の好みに合わせるように、磯辺の髪は、確かに最終話直前まで伸び続けていく。でも、それがここで切られているということは…。そういうこと、なのかもしれない。

でも最初は、磯辺が小梅に告白して、小梅が断ったところから、二人の関係がスタートしているんだよね…。はじまりは終わりに結びつき、そして終わりはまた、始まりへ―。最終話。小梅は高校生になっている。彼女が海辺でSDカードを探し、そこで中学生カップルを見かけるという描写。なるほど、これはそのまま、次の「うみべの女の子」に結びつくんですね(すみません。読んでない方には何を言っているか、分かりませんな)。うーん。さりげなく、深い。

+ + +

いい加減トラウマチックな描写はいらないんじゃないかなあって思っちゃうんだけど(笑)、でも私の好きな浅野いにおさんがいるような気がする(私は「おやすみプンプン」は途中から読んでないんです)。北野武監督の初期作品とか思い出す。透明感と、静けさと、それに相反するような、強い衝動性。

音楽を合わせるなら当然はっぴいえんどの「風をあつめて」なんだろう。小梅が磯辺の自殺を疑って、はっぴいえんどのアルバムと真剣なラブレターをもって、台風の中、磯辺の家に駆けつけるも、彼は不在。暴風雨の海辺をさまよい、結局出会えず、プレゼントと手紙はゴミ箱行きになるシーン。とても切ない。そして、いろいろと、自分と重なる。

ちょっと私事。話が逸れる。私が好きだった(今でも好きなのかは自分でも分からない)女性も、はっぴいえんどや、細野晴臣が好きなんだ。ひねくれた人。好きだといわれたのち、私が好きだと伝えたときは、敬遠された。拒否なのか、受容なのかもわからない態度。今でも顔を合わせる機会はある。連絡も取れる。でも、もう数年、その件についての話はしていない。

そういうことも関係あるのかもしれない。読後にとても、ホントにとても、憂鬱になった(褒め言葉ですよ)。死にたくなったっていうと大げさだけど。とても重い読み物だ。久しぶりに心が重くなった。モヤモヤが形をとって、そしてまた、モヤモヤに戻っていく。カバーに使われているこの抽象画は、上手いこと内容を象徴しているなと思う。淡い色遣いで、淡い輪郭の、モヤモヤ。暗いイメージも持った中で、つながれている二つの手。

ああ、自分としては、この作品に合う歌は何かって考えた。いろいろ考えたんだけど。現時点では松崎ナオさんの「あなたに向かって」にしておきます。1998年の「正直な人」収録。8cmシングルでも出てます。でも今もう廃番なんだね、コレ。もったいない。歌詞だけ載っけちゃうぜ! 聴きたい人は頑張って中古屋さんとか探してください!

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あなたに向かって 作詞 松崎ナオ/作曲、編曲 渡辺善太郎

調子はずれのうたうたってたら
夜が燃えてて 朝になっていた
今のボクには意味はないけど
真綿のようなキスを

引力には逆らえないから あなたの所に行くんでしょう?
いつも見てた知らないみずうみに 願いをかけに行こう
あなたがくれた船

ユララ ユララ 揺れてくれよう
ボクを乗せて 揺れてくれよう
心に咲く花を渡したくて
あなたに向かって

どうしてボクはあなたじゃないんだろう
なやんだこともあったのだけれど
今のボクには意味がないから
足の小指にキスを

とりとめのない想いから 溢れ出すしずくは
あなたがくれたもの

時を止めて 走ればいい
手と手には何もないけど
あなたと見た景色 探したくて
きっと 忘れない

ユララ ユララ 揺れてくれよう
ボクを乗せて 揺れてくれよう
風が見える場所で会えるのかなぁ
ほんとのあなたに

ユララ ユララ 揺れてくれよう
ボクを乗せて 揺れてくれよう
心に咲く花を渡したくて

あなたに向かって