隣の芝生


相変わらず、僕の物思いになど何の意味があるのかという、自意識過剰な日々が続いている。

自分にとってリアルだと思っていたものが全然リアルではなくて、他のところからジワリジワリと、本当のリアルが侵食してきているように感じられる昨今。

もともとキャパシティが多くない(と思っている)のに、3つ4つと厄介ごと(仕事ともいえる)を抱えていることも関係あるかもしれない。いや大いにあるか。

憂鬱だ。

いつか「たぶん変わらないでしょうね」って言われたけれど、その通り、僕はきっと変われていない。自分の望むように行動できず、そのフラストレーションをどこに向けてよいか分からず、本当は向けるべきでない対象に、向けることをしようとしている。お門違い。いくらかはマシになっているだろうか? その問いに、応えはなく、いつか傍にいたみんなは、僕を置いて遠くに行ってしまっている気がする。

相変わらず隣の芝生が青く見えて仕方がない。根拠のない嫉妬。いざ隣の庭に入ってみたら、また隣の芝生がすばらしく見えてくるのだろう。僕は。

心の仕組みは簡単には変わらないとはいえ。どうしようもねえな。

変わりたいとかじゃなくて、もう落ち着きたい。一喜一憂さえわずらわしいモード。

学生のとき、LIFE RECORDERSの『東京の空』ばっか聴いてた時期があった。また聴いてる。

「とうめいになりたい」って曲が好きだった。今、聴いてしまう。

―“僕のこのどっちつかずの気持ちを消してくれ”、“ハンパにマジメな僕を本物にしてくれ”



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